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タクシ−は頻繁にくるので待つことない。運転手は車を止めると、すぐに後部トランクを開けて車から降りて来た。彼は僕のトランクに気付いていたようだ。白髪交じりの赤ら顔をした、小太りの元気そうな男だ。急いで荷物をトランクに入れ、僕を乗せると運転席に戻って来た。車は小型で無線機などの装備はない。日本同様の右側通行だ。iの彼女がくれた書類を手渡し行き先を伝えた。彼はその書類を目から離したり近づけたりしている老眼らしい。「わしは、この場所はわからん・・・」とブリブリ言いながら外に出て行った。そして、彼の後ろに入ってきたタクシーの運転手に道を聞き始めた。僕は車の後部ガラスを通して、二人のやり取りを見ていた。彼の表情からすると「道」はハッキリとは分からなかったようだ。「乗車拒否」をされるかもしれないと思った。 しかし、iの彼女は「必ず乗せてくれます」と言っいたので心配はしていなかった。この空港で僕は,彼と彼女つまり天使と悪魔に同時に出会った。

 彼はブツブツ言いながら戻ってきた。「いらいら」しながらドア−を「バタンッ」と閉め、ミッション式のギィア−をおもいきりガタンと入れた。車は空港からダブリン市街を結ぶ幹線道路に出た。高架の高速道路はなく大型トラックも見かけない。信号機もまばらで交通量は極端に少ない。緑の田園地帯と遠方に低い山並みがあるだけで街らしき姿はない。田舎の「県道」を走っているようだ。住宅が点在している、広い緑の芝生の前庭、屋根にレンガ造りの「煙突」がついている。壁のレンガや煙突の色も型も戸々に違っていてとても個性的だ。ジャリを敷いた「青空」ガレ−ジがある。庭の芝生の周囲にデゴニア、スミレ草の様な花が「円や列」で咲いている。隣との境界線は1m程の垣根があるだけ。運転手は「住宅街」の前でスピ−ドを落とした。「キョロ、キョロ」と道路際の標識を見始めた。「わからん」とブツブツ言い始めた。彼は標識に気を取られ前を見ていない。たまに対向車がすれ違ってくる、もうすこしのところで対向車と衝突しそうになった。

 対向車の運転手が私たちを睨んで行った。いらいらした彼の赤ら顔がより赤く険しくなった。彼は腰の横に両手を広げ、「ギブアップ」のジェスツア−をした。そして車を降りて一軒の門扉の開いた家に向かった。玄関のドア−をノックし始めた。ノックを繰り返したが誰も出てこない。人影はなく「のどかな」ものだ。彼があきらめて戻りかけて来た時、幸いにも近所の主婦が通りかかった。彼は彼女に道を尋ね始めた。彼の表情からするとわかった様だ。道の左側に大きな2階建ての白い洋館が建っている。塀の上に政府公認のシャムロックの看板が見えている、B&Bだ。車は開けっ放しの大きな門をくぐり、中庭に止まった。大きなゲストハウスである。料金メ−タ−は8ポンド80ペニ−であった。僕は、チップを込めて10ポンド紙幣を彼に渡した。彼は「サンキュウ−」と言って立ち去った。彼の車を見送りながら「終わり良ければ全て良し」と思いつつ、彼が僕に見せたギブアップのジェスチャア−を真似してしまった。